Interview
中上貴晶
「僕は、もう待てない」
思いはホンダ改善の熱い意欲へ
7シーズンをホンダライダーとしてMotoGPで戦ってきた中上貴晶は、
2024年をもってフル参戦に区切りをつけ、2025年から開発ライダーとなる。
生粋のホンダライダーで、日本人。MotoGPの現場を知っている。
開発ライダーとしてこれほどの適任者もいない。
中上自身もまた、新しい役割に大きな情熱を持って挑もうとしている。
日本グランプリの木曜日、中上に話を聞いた。
シーズン序盤からあった迷い
変わらなかったマシン
あれは、シーズン序盤のスペインGPだったと記憶している。来季に向けた話に水を向けたとき、中上貴晶の雰囲気が少し、変わったように見えた。そこには、中上の思考の揺れのようなものが存在していた。
そして8月29日、HRCは中上と2025年から開発ライダーとしての契約に合意、と発表された。
ホンダはここ数年、非常に苦しいシーズンを送っている。端的に言えば、ヨーロッパメーカー、特にドゥカティに対してバイクのパフォーマンス面で後れをとっているのだ。しかし今季、ホンダはヤマハとともにコンセッションのランクDという、最も技術的制限が緩やかになる優遇措置、いわゆる〝ハンデ〞を与えられている。当然、「開発がスピードアップするだろう」と思われた。
「でも、蓋を開けてみたらあまりいい状態じゃなかったし、差が大きかったんですよ。ちょっと改善すればトップ10やトップ6などの結果が得られるだろう、という感覚が持てなかったんです」
開幕した当初から、中上は「これは時間がかかるな」と感じていた。もちろん、シーズン中に多くの新しいパーツが届いていたし、それを試した。しかし、大きな改善や前進は感じられなかったのである。
バイクに不安があるから攻められず、全力で走ることも難しい。自分の本来のポテンシャルを発揮できる状況ではない。中上は悩んだ。
「2025年以降も、フル参戦のモトGPライダーとして続けるほうが自分にとっていい人生なのか。そこの迷いは長かったですね。
もちろん、走りたいですよ。僕のポテンシャルが落ちたわけではない、とわかっていますから。ほかの(ホンダの)3人と過去の実績を比べると、僕は表彰台獲得も、優勝もしていない。でも今、(ヨハン・)ザルコとホンダライダーとしてのランキング最上位を争っていますからね」
自分のパフォーマンスに翳りが見えたわけではない。しかし同時に、年齢のことも考えなければならなかった。
「フル参戦ライダーとして続けることを考えたとき、あまり前向きな気持ちになれなかったんです。僕は今年32歳で、来年には33歳になります。二十歳だったら『何言ってんだ!』って、がむしゃらになれたでしょうね。待てる時間がありますから。でも、今の僕はもう待てない。今年コンセッションを受けたにもかかわらず、大きな改善もなく、結果も出なかった。もう待つ期間は過ぎた、と感じたんです」
「いろいろなことを含めて考えた結果、環境を変えて開発ライダーに行ったほうが、自分にとってよりポジティブになるなと思ったんです」と語る中上の口調は、どこか弾んでいた。むしろ、これからの新しい「挑戦」が楽しみだ、というように。
「開発」ライダーとして
日本と現場の溝を埋めたい
開発ライダーへの意欲が垣間見える様子に、「ホンダのバイクを改善したい、という思いが強いのですか?」と尋ねると、中上は、その質問を待っていたとばかりに「それしかないです」と力強く肯定した。
「僕は2018年からホンダのモトGPマシンに乗ってきて、いい時、悪い時を経験し、ホンダのバイクを知り尽くしています。だからこそ、早くいい状態に戻したい。僕がかかわることで、開発のスピードアップにつながると思っています」
ホンダの発表によると、中上は2025年、「テスト」ライダーではなく「開発」ライダーに就任するという。ここに、中上が担う役割がひっそりと暗示されている。
「テストライダーは、簡単に言えば走る仕事です、僕の仕事もメインはテストライダーですが、ただ走るだけではなく、エンジニアサイドにも関わっていきたいと思っています」
2025年に向けたプランを語る中上は、饒舌だった。ずっと思うところがあったのかもしれない。
「例えば、HRCのエンジニアと話し、『何が必要で、何が足りていないのか』といった僕の意見を取り入れてもらって、よりよいテスト内容にしたい、とかね。日本人同士でしかできないことをしたいし、僕のスピードと経験を生かしたいです」
ホンダで7シーズンを戦ってきた中上は、今のホンダに足りないものをよくわかっていた。
「レースウィークに現場に行って、ライダーたちに話を聞くこともしたいですね。現場で何が起きているのかを把握して、それを日本に持ち帰り、エンジニアの人たちと共有するんです。その流れを変えたいんですよ。今まで、日本とヨーロッパ、グランプリの現場の間はすごく溝が深くて、情報共有ができていませんでした。モトGPのパドックにいると、日本で何をしているのか、どういう成果があってそのパーツができたのか、わからないんです。情報共有をしっかりしたい。HRCからも、その役目を期待されています」
中上は前のめりに、とめどなく湧き出る2025年に向けたアイデアを語る。その目はとてもとても力強く、前を、新しい挑戦を携えた未来を見据えていた。
中上貴晶
1992年2月9日生まれ。Moto2クラスで6シーズンを戦い、2018年、ホンダのサテライトチーム、イデミツ・ホンダLCRから最高峰クラスデビュー。2020年テルエルGPでMotoGPクラスでは日本人として16年ぶりにポールポジションを獲得。2023年タイGPではMotoGPクラス参戦100戦目を果たした初の日本人ライダーとなった。
トップ画像©RIDERS CLUB
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ライダースクラブNo608(2024年12月号/2024年10月27日発売)に掲載された、MotoGP第16戦日本GPで取材した中上貴晶選手のインタビュー記事を、ウェブ掲載にあたり再編集したものです。
ライダースクラブの記事では、真弓悟史フォトグラファーの素晴らしい写真とともに、記事をお楽しみいただけます。
ぜひ、よろしくお願いいたします。
https://www.fujisan.co.jp/product/2727/b/2582679