人にはいくつもの顔がある。
ここでは、小椋藍を多角的に知るべく、
彼を知る人たちに、そのキャラクターやエピソードを語ってもらった。
TrackhouseRacingチーム代表ダビデ・ブリビオさん
常に全力を尽くし、ひたむき。
そういう姿勢を好ましく思う。
私たちは来年のライダーについて検討して、その結果、プロジェクトを一新するためには、若いライダーを起用するのがいいのではないか、と考えました。
私たちは、アイを評価しています。彼の若さと、もちろん速さもね。彼は非常にうまくやっていると思います。当時はまだチャンピオンシップをリードしていませんでしたが、今やランキングトップですからね。
彼は、ある種のファイティング・スピリッツを持っていると考えています。スタートでうまくいかないことがあっても、そこからポジションを上げていきます。あきらめないのです。常に全力を尽くしていて、とてもひたむきですし、大きなエネルギーを(レースに)注いでいます。私たちは、そういう姿勢を好ましく思っています。
それに彼のライディングスタイルが、モトGPマシンに適したものになる可能性がある、とも考えていますよ。総合的に、アイを起用することはよいチャレンジになるだろう、そして私たちにとって非常に興味深いことになるだろう、と判断したのです。
私たちのチームについてお話ししましょう。トラックハウス・レーシングは、今年始まったばかりの新しいプロジェクトです(補足:2023年まで参戦していたクリプトデータ・RNF・モトGPチームが2024年参戦チームとして見送られ、NASCARで活躍するトラックハウス・レーシングが引き継ぐ形で参戦することになった)。
トラックハウスはアメリカで設立されたNASCARのチーム、レーシング・カンパニーです。NASCARでは素晴らしい経験があり、成功しています。けれど、モトGPは完全に新しい挑戦です。トラックハウスの組織として、モトGPとは何か、ということを学ばなければなりません。先ほどの「新しいプロジェクト」とは、そういう意味です。
私はスズキにいたとき(チーム・スズキ・エクスターの元チームマネージャー)、若いライダーを育ててチャンピオンにする、というフィロソフィーがありました。(トラックハウスでも)若いライダーを育て、いつの日かモトGPのトップライダーに、という考え方は気に入っていますよ。
もちろん(マニュファクチャラーであったスズキのときと)インディペンデントチームでは、少し異なります。しかし同じようにエキサイティングですし、同じくらい興味深いですね。
まずはこのプロジェクトを始め、どう進んでいくか、ということになりますが、私たちの考えは若いライダーを起用して成長させ、できる限り長く一緒にやっていく、というものです。
2025年、アイがチームに加入したら、現在のミゲール・オリベイラのクルーたちがアイを担当することになります。私たちは、チーム全体としてアイがモトGPを理解し、マシンを乗りこなせるようにサポートします。例えばバイクのセッティングや乗り方とかね。これはチームなのです。エンジニア、ライダー、全員が一緒に取り組んでいきます。もちろん、他のアプリリアライダーとも交流できるでしょうし、彼らはアイにとっていいお手本になるでしょうね。
でもプレッシャーをかけたくないので、アイに2025年の具体的な期待、というものは持っていないんですよ。来年は、彼がここに来て、学び、楽しみ、モトGPを理解する必要がある。それにはたくさんの努力が必要です。そしてそれは期待を伴うものではないのです。やってくることを受け入れ、起こったことをだんだんと確認していくことになるでしょう。
Davide Brivio
3年間F1チームのレースディレクターなどを務め、2024年、MotoGPのパドックにカムバック。若手ライダーの発掘に長け、ジョアン・ミルなども見出したライダーの一人。
MTHelmets–MSI小椋藍クルーチーフノーマン・ランクさん
ここが、モトGP昇格の
プロジェクトを完了させるポイント
サーキットにいるとき彼が最も優れている点は、バイクをセットアップするために、その週末をどう始めるのか、どう考えるのか、どのように分析するのか、という取り組み方だ。私やクルーとともにね。セッションの度にバイクを改善し、自分のライディングも向上させていくんだ。一発の速さはそこまで気にせず、常にレースペースについて考え、取り組んでいる。ユーズドタイヤでできるだけ長くラップタイムを維持できることが、彼の最も優れている点だと思う。
それに、彼はブレーキングでとても強いんだ。バイクの止め方を知っている。これが彼の強みだよ。でもそれは、分析的、実践的に週末をスタートし、我々と取り組んだ結果なんだ。
彼の長所は、目標をたった一つに絞っていることだね。つまり可能な限り速く走り、レースで目標を達成する、ということだ。そのほかのことに注意を払っていないし、かけている時間はない。私にはそう見えるよ。たった一つのポイントに集中している。そこに全てのエネルギーを懸け、努力しているんだ。
彼にとっての大事なことは、ここで勝つこと、そしてチャンピオンになることだ。
私は2024年、彼がチームを移籍するにあたって、ともにこのチームにやって来た。彼が、そう望んだからだ。迷いはなかったよ。私は彼と(CEVに参戦していた)2017年から組んでいる。そしてここが、彼をモトGPに昇格させるプロジェクト完了のポイントなんだ。
Norman Rank
小椋がCEVに参戦した2017年からクルーチーフとしてともに戦うノーマンは、ドイツ人で元々ヨーロッパ選手権などに参戦するライダーだった。小椋はノーマンを、「特別な存在」と表現する。
ARAIHELMET開発部レースサービス遠藤健仁さん
やりたいことに対してぶれない。
全てをバイクの練習に注いでいました。
藍くんには2017年あたりから3年ほど、うちでアルバイトをしてもらっていました。青山博一さん(現ホンダ・チームアジア監督)が、今でいうジュニアGP世界選手権に参戦するにあたって、「より、大人とコミュニケーションをとれるように」と、相談されたんです。選手側にもものづくりをより理解してもらってレース活動してもらったほうが自信にもなるし、彼らの活躍が社員の励みにもなるということで、それまでにも数名のライダーにアルバイトをしてもらっていたんですね。
主にヘルメットの塗装の仕事をやってもらったのですが、藍くんは思い切りがいいんですよ。すごくセンスがよかった。最後のほうは、ライダーを引退して、もし仕事がなかったらうちに帰ってこないかな、なんて思うくらい。周りを見る目、洞察力が長けていたのだと思います。
藍くんが17歳くらいのとき、『バイト代を何に使うの?』と聞いたんですね。そうしたら、「親にそのまま渡します」と言うんです。「僕はバイクに乗りたい。バイクは練習するのにお金がかかるので、親に全部渡します」ってね。格好だって、気にしていなかった。全てをバイクの練習に注ぎ込んでいた。やりたいことに対してぶれない、強い子なんだな、と思っていましたね。
2022年、ヘレスでの(世界選手権)初優勝は格別にうれしかったですねえ。うまくいかない時期もありましたが、今、芯の強い、追い上げの素晴らしいレースをするでしょう。昔から見ていた藍くんが、今、形になっているんだな、と思います。
遠藤健仁
遠藤さんは小椋が世界選手権に参戦する以前からその戦いを見守り、サポートし続けている。「オフシーズンのサイン会で、ヘルメットは変えない、と言ってくれたのは本当にうれしかった」。
KUSHITANI企画生産管理部皆川知彦さん
昇格に驚きはなかったです。
いつ上がるんだろう、と思っていました。
小椋選手へのサポートを始めたのは、彼がCEV(現ジュニアGP世界選手権)に参戦し始めた2017年からです。アジア・タレントカップからCEVにステップアップする際に受け皿となるドルナのチーム、アジア・タレントチームをクシタニがサポートしていて、小椋選手はそこに所属していたんです。
うちのツナギに対してあまり細かいリクエストを言われた覚えはないですね。ただ、ツナギの使う順番にこだわりがあるみたいです。うちが製作した順番に、ツナギに1番からナンバリングしているんですけど、今年、2番に改良したいところがあったので、『ごめん、3番を着て』と言ったんです。そうしたら、「順番、変えてもらえませんか?」と。同じツナギだし、番号も便宜上のものなのですが、3番のツナギを『2番』に書き替えて渡したことがあります。ゲン担ぎ……とは違うと思うんですけどね。
ほかにも、小椋選手のブーツやグローブを置いているところは、動かしてしまったら……と思うと怖くて触れない(笑)。置く〝場所〞というより、〝置き方〞を気にするみたいですね。かといって、話していてすごく神経質というわけでもないですよ。若いころから自分をしっかり持っている選手です。
最高峰クラスに昇格すると聞いたときも、びっくりはしなかったです。『いつ上がるんだろう』と思っていましたからね。その選択も、彼らしかったですよね。小椋選手は、常にどのカテゴリーでも、トップを目指すために取り組んでいますから。
皆川知彦
小椋はCEVを走っていた2017年から、クシタニのサポートを受けている。ヨーロッパの現場でレーシングスーツのサービスを行う皆川さんと小椋は、そのときからの関係性である。
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ライダースクラブNo608(2024年12月号/2024年10月27日発売)に掲載された、MotoGP第16戦日本GPで取材した小椋藍選手を知る方々に小椋選手を語ってもらったインタビュー記事を、ウェブ掲載にあたり再編集したものです。
ライダースクラブの記事では、真弓悟史フォトグラファーの素晴らしい写真とともに、記事をお楽しみいただけます。
No608では、小椋藍選手の特集が組まれており、小椋選手本人にインタビューした記事も掲載されています。
ぜひ、よろしくお願いいたします。