「勢いを持ち越して」とはよく聞く表現だが、ことはそう単純ではない。
ライバルの顔ぶれも、コンディションも変わることだってあるからだ。
そんな厳しい世界で、佐々木歩夢は「2022年の勢いのままに」戦っている。
今、佐々木は14年ぶりの日本人チャンピオンへ向けて駆けているのだ。
佐々木歩夢インタビュー:14年ぶりの日本人チャンピオンへ
2年目のチームで
強さを増した関係性
日本GPの木曜日、インタビューのために佐々木歩夢と向かい合った。今年のもてぎは、昨年とほぼ同じ時期の開催にもかかわらず、異例と言っていいほど暑かった。すぐに汗をかき始めた、冷たい水の入ったペットボトル。その向こうに半袖チームシャツ姿の佐々木が座る。こちらを見る佐々木に、貫禄のようなものが漂っていた。
2023年シーズン、モト3クラスでレースの度に優勝、表彰台争いを繰り広げる佐々木は、母国グランプリである日本GPを前に、すでに7度の表彰台を獲得していた。さらに、日本GPでは2位でゴールを果たし、もてぎに駆けつけたファンの前で今季8度目のポディウムに立った。モト3で7年目のシーズンを送っている佐々木は今、チャンピオン争いを展開しているのである。
「現状としては、チャンピオン争いはできていて、そこがいちばん重要なところですね。ここ(日本GP)までに最低でも2勝くらいはしたかったので、少し悔しいシーズンではありますが、勝てていないのは運もあると思っています。でも、しっかりチャンピオン争いができていて、確実にポイントを獲れているという意味では、いいシーズンなのではないかな、と思います」
佐々木は今季のこれまでを、そう振り返った。シーズン序盤2戦の転倒リタイアを除けば、日本GPまでのワースト・リザルトは7位。未勝利ながら、その安定感は抜群だ。
佐々木が本来のポテンシャルを取り戻し、表彰台の常連になった契機は、チームの移籍だった。2022年、佐々木はリキモリ・ハスクバーナ・インタクトGP(チーム名は2023年のもの)に移籍し、目標を共有できるチームと、クルーチーフをはじめとした信頼し合えるスタッフに出会った。今季も全く同じ布陣。時間の長さに比例して、互いの関係性が強固なものになっていた。
「去年の後半戦は今年と同じように表彰台も多くて、いいシーズンでした。その流れを今年に持ってこられたということと、チームと2年目になって、お互いにさらにわかり合えた、ということもあります。一緒に過ごす時間が長くなることで、僕もメカニックも、お互いのことがよりわかり合えているんです。
それから、去年のセットアップデータがあるので、金曜から去年より仕上がった状態で走り出せるのも一つの強みかな、とも思います」
タイトル争いの渦中
そのプレッシャーは
モト3は接戦、混戦のクラスだ。昨年あたりから最終ラップまで大きな隊列を組むようなレースは多くはなくなったが、それでもトップ5、6のライダーによってフィニッシュラインまで続く僅差の優勝争いは変わらない。
そんななかで、今季の佐々木のレースには、抑えているような様子があった。正確に言えば、それは第4戦スペインGP以降からだ。勝利への欲求と速さへの追及が生んだ、アルゼンチンGPとアメリカズGPでの転倒。痛恨の2度の転倒は、レースへの向かい方を変えたのだった。それからの佐々木のレースには、冷静なコントロールがあった。
「もちろん、セーブして走りたくはないです」と、佐々木は言う。
「例えば、前回のインドでは(ジャウメ・)マシアの後ろで、ある程度楽に走れていたけど、レース後半、フロントタイヤに問題が出たので、セーブしたレースでした。僕としては今年いちばん楽しくなかったレースです。でも、しっかり3位で完走できました。セーブしなきゃいけないレースもあるし、セットアップがいいところは、気持ちよく優勝争いがしたいんです」
セーブしているのではなく、リスクを避けたレースをしている、という。それは昨年から変わった部分だ。
「目標は、リスクを冒さなくても勝てるレースをするとです。90%くらい(の力)でも、優勝争いができるくらいになりたいんですよ。そこに届いていないのが悔しい。今は、90%で走って表彰台に乗れるくらいですから。
リスクなく優勝できるほど速さのあるレースが、後半戦で1、2回できて、さらに優勝できれば、チャンピオンシップに大きくつながるのかな、と思っています」
そんな冷静なレース運びが結果に結びついている。このインタビューの時点でチャンピオンシップのランキング3番手だった佐々木は、タイトル争いの実質のライバルを、ジャウメ・マシアとダニエル・オルガドの2人だと考えていた。
「カタールまでにどれだけランキングで前に出て、(最終戦の)バレンシアにいけるかがポイントですね。できればカタールが終わった時点で、25ポイント差をつけるのを目標に頑張っていきたいと思います」
チャンピオンシップを意識し始めたのは、シーズン後半戦に入ってからだという。チャンピオンを獲得すれば、日本人ライダーとしては2009年250㏄クラスの青山博一(現ホンダ・チームアジア監督)以来の快挙だ。プレッシャーは?と水を向ければ「プレッシャーはあまりないです」と、あっさりと答えた。
「人を気にしても意味がない。自分がどれだけ頑張れるか、だからです」
今、タイトル争いのために、何か特別なことをしていますか?と尋ねると、佐々木はこう答えた。
「以前より、1日を大事にしています。普段もレースウイークも。レースウイークでは、金曜日からレースと同じくらい集中して、時間の無駄にならないように日々を過ごしているんです。僕は今22歳ですが、以前よりも、睡眠も含めてきっちり自分で自分をコントロールするようにしています。プロとしてやらなくちゃいけないことはやって、以前よりも濃厚な1日を過ごしているんです」
インタビューで、佐々木の強さの背景を探していた。けれど、佐々木の答えは「何も特別なことはないよ」と言わんばかりのものだった。だが、最後の答えを聞いたときに納得した。佐々木は今、必要なことをごく「当たり前」に積み重ねているのだ。それは佐々木にとって、「普通」のことでしかないのかもしれない。その尽力は、ただ一点へ向かっている。そう、チャンピオンという称号へ。
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掲載:ライダースクラブ2023年12月号
※著作権の都合上、メイン画像は雑誌掲載のものとは異なります。
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MotoGPや電動バイクレースMotoEを取材して記事を書く仕事をしている、伊藤英里と申します。
この記事は、ライダースクラブ2023年12月号に掲載していただいた、2023MotoGP日本GPのインタビュー記事です。
日本GPの木曜日、佐々木歩夢選手にインタビューをさせていただきました。
彼の強さのキモ! を探ろうとあれこれ質問してみたのですが、インタビューでは明確な答えはなく。
「質問をもっと工夫すべきだった」と、終わってからあれこれ反省しているうちに、「こういうことだったのかもしれない」と、最後のパートに落ち着いたんです。
強さって、そういうものかもしれないですね。