レースにはドラマがある。そこに筋書きはない。
しかし、そんなドラマを自力で描き出すライダーはいる。
6度もチャンピオンに輝くのは、そういうライダーなのかもしれない。
波乱のレースで、今季初めて表彰台に立ったマルク・マルケスを見て、そう考える。
Moto2、Moto3のレースでは、各クラスの日本人エースが活躍した。
期待に応えるという難題をやってのけた彼らの表彰台もまた、ドラマチックだった。
ホンダ&ヤマハの変わらぬ劣勢とマルク・マルケスという異能
モトGP決勝レースのスタート時刻、10月1日午後3時が近づくにつれ、頭上の曇天は重さを増していった。グリッドに並び、決勝レースのスタートを待つライダーたち。悪化していく天候。
──ポツリ。
ついに、スクリーンに落ちた雨粒。それを見て、マルク・マルケスは意を決した。
「よし、いこう」
雨粒に見た好機
マルケスの目的遂行能力
2023年シーズン、ホンダとヤマハはつらく苦しいシーズンを送っていた。そのため、このコラムではホームグランプリでのそんな彼らの戦いぶりを──おそらく楽なウィークではないだろうと予想していたし、実際のところほとんどその予想は当たっていた──、あえて追いかけようと考えていたのである。だが、どうだろう。決勝レースを終えてみれば、表彰台にマルケスが立っているではないか。この3位という結果に、マルク・マルケスの恐ろしさが集約されていると言っていいかもしれない。
確かに、イレギュラーなレースだった。直前に降り出した雨により、ライダーはピットインをしてレインタイヤを履いたスペアマシンに乗り換えることが可能となった。全ライダーが序盤でマシンを乗り換えると、どんどん強まる雨のなか、マルケスは順位を上げる。そしてマルケスが3番手に浮上した12周目を終えた時点で赤旗中断。最終的に、そのまま終了となった。大雨、フラッグ・トゥ・フラッグ、赤旗終了。普通のレースではなかった。だが、だからこそマルケスは表彰台を「狙った」のだ。
マルケスの強さの一つには、天才的と称されるライディング・テクニックがあるが、それだけではない。個人的には、それ以上に「わずかな好機をそれとみなす嗅覚」と、そうと決めたときの「目的遂行能力の高さ」が、マルケスの凄みであると考えている。それが如実にあらわれたのが、まさに日本GPの決勝レースだったのだ。
日曜日までのマルケスは、他のホンダライダーと同じように苦戦していた。ドライコンディションで行われたスプリントレースも、7位という結果だった。そのマルケスを3位に押し上げたのは、スタート直前の決意だ。
「スクリーンに雨粒が落ちたのを見て、『よし、いこう』と思ったんだ」
決勝レース後、マルケスはそう振り返った。
「重要なポディウムだったよ。ずっと求めていたんだ。状況と天候を味方につけ、ホンダのホームグランプリでその日がやってきた。最高のレースマネージメントをしようと頑張ったんだ」
わずかな雨粒に決意して、最悪のコンディションさえ味方にし、実際に3位表彰台を獲得してしまうあたりが、やはりマルク・マルケスのただならぬ性能なのだ。
そしてここからは、日本GP以降の話になる。10月4日、HRCはマルケスとの契約の早期終了を発表。つまり、今季をもって、マルケスはホンダを離れることになった。さらに10月12日、来季はかねてから噂のあったドゥカティのサテライトチームへの加入が明らかになっている。おそらく今回が、レプソルカラーをまとったマルケスが表彰台に立った最後の日本GPになるだろう。レース後、マルケスはこうも言っていた。
「今年最初の表彰台がホンダのホームだ。首脳陣の前で獲得しなければならなかったんだ」
マルケスが、いつホンダ離脱の決断を下したのか、本当のところはわからない。だが、日本GPに懸ける、尋常ならざるものがあったのかもしれない……。これは、考えすぎだろうか?
なお、日本GPのレースウィーク中に、HRC開発室室長が國分信一氏に代わり、佐藤辰氏が就任したと報じられている。だが、マルケスはすでに去ることを決めた。その理由は推して知るべし、だ。
クラッチローの見解
「これ以上パワーは不要」
ヤマハもまた、日本GPで苦戦を強いられた。ただ、今大会にはテストライダーのカル・クラッチローがワイルドカードとして参戦。そのコメントが非常に興味深いものだった。
クラッチローがYZR-M1の改善点として特に言及したのは、エンジンだ。ただし、必要なのは「パワーの向上」ではない。クラッチローの意見としては、こうだ。
「パワーはもう必要ない。もっとスムーズなエンジンが必要だ。コーナー立ち上がりでライバルが自分から離れて加速していくのを見たら、まずライダーが思うのは、もっとパワーが必要だ、ということだろうね。でもそうじゃない。ライバルたちはグリップがあり、より少ないパワーで加速しているんだ。彼らはグリップがあって、パワーを地面に伝えられるからだ」
これまで、主にファビオ・クアルタラロはエンジンパワーの改善を求めてきたが、クラッチローの意見は正反対、ということになる。クラッチローによれば、昨年の時点で今季のエンジンが問題になるだろう、と言っていたという。そして、実際にその通りの状況になっている。
いずれにせよ、問題の根源はエンジンにあるようだ。つまり明確な改善には、バレンシアテストを待つ必要がある、ということだ。
小椋藍&佐々木歩夢、2年連続母国GPで勇姿
日本のファンの前で見せた
小椋藍の強さ
モト2クラスの小椋藍は、今季、厳しいシーズンを送っていた。チャ ンピオン候補として戦うはずが、開 幕前に負った怪我が響いて出遅れた。日本GPを迎えた時点で、優勝はなく、表彰台獲得は2位と3位が一度ずつ。昨年のような速さを見せるレースもあったが、明らかに安定感に欠けていた。
だが、日本GPは予選で2番手を 獲得すると、決勝レースでも2位を 獲得。優勝こそチームメイトに譲ったものの、母国グランプリで、2年 連続で表彰台に立った。
じつは、小椋は日本GPのレースウィークで体調不良を抱えていた。日曜日にはかなり回復したと語っていたが、状況を考慮すれば大健闘だ。今年は表彰台の常連になれずにいるが、そんななかでも決めるべきところで表彰台に立つ、そういう小椋の強さは変わらない。
もてぎでは、「79」(小椋藍のゼッケンナンバー)のグッズを身に着けたたくさんのファンの姿があり、それは以前よりも、確かに増えていた。ファンの、小椋への期待がひしひし と感じられたのだった。そんなファンの応援が後押しになったのでは? と聞くと、「はい、うれしかったですね」と、少し相好 を崩した。
「予選2番手だったから、優勝を期待されるのは当たり前ですけど。ちょっと、足りなかったですね」
決勝レースを終えたあとには、バーンナウトを披露した。
「バーンナウトは(ファンの応援に)応える感じで。(ファンサービスを)金曜・土曜に全くやっていなかったから。自分ができる範囲で(ファンに応えた)」語る言葉は多くはないが、周囲の期待を知る小椋のこと。母国グランプリで結果を残したい、というおもいは強かったのかもしれない。
我慢しながら攻めたレース
母国で8度目の表彰台
「マシアが引っ張るレースになると思います。ついていけるペースはあると思うので、集中して、ミスのないようにしたいですね」
モト3クラスの予選を8番手で終えた佐々木歩夢は、翌日の決勝レースに向けてそう語っていた。予選8番手といっても、混戦、接戦必至のモト3では十分に表彰台を狙える位置だ。
レースはほとんど佐々木が考えていた通りで、序盤以降はジャウメ・マシアがリードする展開だった。ただ一つ予想外だったのは、デニス・オンジュが表彰台争いに加わったことだ。マシアについていけるペースはあった。だが、オンジュがバトルに絡む。もう少し攻められる、けれどそれはリスクが高い。でも、優勝もしたい……。
「我慢、でも攻めるようなレースでした」
2位表彰台を獲得した佐々木は、そう表現する。
最終ラップ終盤には、ダニエル・オルガドとの攻防があった。オルガドはチャンピオンを争うライバルの一人。前でゴールしたかったが、何よりも転倒だけは避けたかった。
「ダニエルが後ろにいるのはスクリーンで見てわかっていました。できれば2位で終わりたいなと思っていたんですが、ぶつかってもな、と。90度コーナーで入ってくるのは、なんとなくわかっていました。最終コーナー立ち上がりのグリップは僕のほうがずっとよかったから、直線で抜けるかと思っていたら、向こうがミスもしてくれたので」
2年連続の母国グランプリでのポディウム。日本GPで今季8度目の表彰台を獲得し、チャンピオン争いを繰り広げる強さと速さをファンの前でしっかりと披露した。
レース後には、故・加藤大治郎が2001年日本GP(鈴鹿)で優勝した際に使用した国旗を掲げてクールダウンラップを走っている。
「2位なんかでこの旗を使っていいのかな、と思ったくらいです。僕は世代的に、実際に大治郎さんとお会いしたことはありませんが、小さい頃、74Daijiroというポケットバイクに乗っていましたし、憧れのライダーです。そんな方の旗を持たせてもらえたのは、感謝しかないです」
モト2とモト3、それぞれのクラスで期待を背負う日本人ライダーが、それに応えた。
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掲載:ライダースクラブ2023年12月号
※著作権の都合上、メイン画像は雑誌掲載のものとは異なります。
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MotoGPや電動バイクレースMotoEを取材して記事を書く仕事をしている、伊藤英里と申します。
この記事は、ライダースクラブ2023年12月号に掲載していただいた、2023MotoGP日本GPのコラムです。
2023年の日本GPも雨にたたられて、決勝レースは雨により赤旗中断だったんですよね。
この時期が悪いのか……?
ライダーも大変だっただろうけど、ずぶ濡れでメディアセンターに戻ってくるフォトグラファーも本当に大変そうでした……。
そしてこのとき、マルク・マルケスの走りに感銘を受けたわけです。
目標を定めたときのマルク・マルケスのすさまじさは常々感じていましたが、このときもまた、そうでしたね。
レース後、スクリーンに落ちた雨粒を見て、「OK, I try」と思ったとのこと。
このコメントを聞いて、その雨粒がマルケスに「表彰台を獲得する」と決意させたのだと感じ、これまでの取材を通してわたしが見てきた、感じてきた、知ったものを総動員して、この記事を書こうと決めたのでした。
ん、なんだかあとがきみたいになっちゃいましたね。